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弥次郎兵衛喜多八、清水寺参詣を終え三条の宿へ向ったつもりが、イケズな女に騙されて五条新地へ迷い込む


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【北八】「モシ ちとものをお尋ね申したい。これから三条へはどうまいりやすね?」

[ と、北八が問うに この女中、御所がた(内裏女中)と見えて北八の薄汚い旅姿を一瞥し… ]

【内裏の女中】「わが身三条へゆきやるなら、この通りを下がりやると、石垣という所へ出やるほどに、それを左へゆきやると、つい三条の橋じゃわいなァ。」

[ と、いったい御所がたの女中は、人を人とも思わず、ちときいたふうの男と見ると、悪くひやかす風ゆえ、五条の橋を三条と教えたのだ ]

【北八】「はい これは有がとうござりやす。」

[ と、北八 京オンナの イケズを何も知らねば、礼を言ってしばらく行きすぎ…]

【北八】「弥次さん、アリャなんだろう? ごうてきにおうふうな女どもだ。」

【弥次】「ハハハハハ とんだやすく取扱われやがった。ごうさらしめ。」

[ と、やがて、かの石垣と言えるを打ち過ぎ、左の方へと教えられたる道すじを、三条へ行くと 心得、早くも五条の橋にいたりし頃は、はや日暮れてきたのである ]


以上が前回までのあらすじ…。




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[ 弥次郎兵衛喜多八は思いもよらずイケズな京女に騙されて、三条に行くはずが、五条の橋に来てしまった。エイいまいましい女めとブツブツ言いながら橋を渡りそここことまごつくうち、往来の賑やかさに引かれて橋のたもとを左に折れてゆくと両側には掛けあんどんが連なる軒を照らし、三味線の音賑わしく、ほうかむりをした男どもが花街をうかれ歩き女郎屋の戸口をのぞき歩く姿が眼にはいった。

この所は「五条新地」といい庶民の遊所地、家ごとにかどの戸をたて潜戸ばかり開いて門口に立つ女のささやかな声で「もしな もしな」と弥次郎の袖を引く。振り返ってくぐり戸の内を見れば、店つきの女郎が並んでいるのが見えた。]

※ここは江戸詞と上方詞のやり取りを楽しんでいただきたいですね ^^


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【弥次】「なんと北八、ここはおやま屋(女郎屋)と見えるが、いっそのくされに、今宵はここに泊まりはどうだ? 」

【北八】「いかさま、何も荷物はなし、まんなおしに、そんな事も野暮でねエ。」
    運の良くなるように、の意。

【女】「さあ入りんかいな。」

【弥次】「入ることは入ろうが、ここはいくらだ? 」

【女】「オオ かたやの。お泊りなはるんかいな。」※律儀の意。値を聞いて登楼するは、野暮というもの。

【弥次】「もちろんさ。」

【女】「まだ初夜前じゃさかい、七匁づつおくれんかいな。」

【北八】「上方の おやまは、値切って買うということだ。半分にまからねえか。」

【弥次】「何かなし(ともかくも)、四百(400文)づつなら泊まっていこう。それで出来ずば、御縁がねえと諦めようさ。」

【女】「よござります。お入りなされ。」

【北八】「それでいいの。ちょうど、おやまさんも二人あらア。」


[ と、この家にあがると、女が二階へ案内するに、屋根裏の低きに二階にて、弥次郎あたまを こっつり ]


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【弥次】「あいたしこ!」※ああ痛い

【北八】「どうした? 」

【女】「オホホホホ お危のうござんす。」

[ と、煙草盆を持ってくる。この内おやま二人、一人の名は吉弥。いま一人は金五。いずれも ふとり紬縞ようの着物に、黒びろうどの半襟。梁の閊えるほど低き二階を、しゃんと立って歩くしろもの。片手に着物のつまを、横の方へ引き上げてきたり、オオ しんど、と言って座る。 ]


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【北八】「とんだ暗い行灯(あんどん)だ。サアもっとこちらへ寄りなさらんか。」

【吉弥】「おまいさんがたは どこじゃいな? 」

【弥次】「されば、どこやらで会ったかいな…。 」

【金五】「オホホホホ 六角の朝市に、こないお方がよう見えてじゃが、訛ってじゃさかい、大かた旅のお方じゃあろぞいな。」頂法寺六角堂(聖徳太子が創建。御本尊は如意輪観音)。こないなお方とは田舎者の意か?

【吉弥】六条さまへ御出たのかいな。」東・西本願寺の門徒衆が、お参り方々立寄った。

【弥次】「マア そこらのものよ。」

【吉弥】「モシナ ささ ひとつあがらんかいな。」

【弥次】「そうさ、酒が早く飲みてえの。」

【吉弥】「そう言うてやろかいな。お肴は何にしようぞいな? 」

【金五】「かどの すもじ(鮓の文字詞)が、おいしいじゃないかいな。」

【吉弥】「わしゃナ、かちんなんばが ゑいわいな。」 ネギの入ったすまし雑煮。

【弥次】「かちんでも 家賃でも とんじゃくはネエ。はやくしてくんな。」

【吉弥】「一気にさんじるわいな。」


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[ と、この おやま、酒肴を言いつけに階下へ降りる。あとに残りし おやまは このうち帯の間から鏡をいだし、行灯のそばへ寄り、顔をなおす。やがて下より、銚子盃をいだし、大平(大型の平椀)が一人前に一つづつ、ひろぶたに載せ持出す。弥次郎キモをつぶし …]

【弥次】「なんだ、大平を人別割とは珍しい。京はあたじけねえ所だと聞いたが、ここらは又 豪勢だ。」 けちくさいの意。

【北八】「四百文には安いもんだ。」

[ と、この二人は、酒も肴も あげ代の四百の内だと思い、無性に安いと褒める ]

【金五】「さあ ひとつ あがりなされ。」

【北八】「はじめよう。オトトトト ひらはなんだ? ハハア 葱にはんぺいは聞こえたが、こっちでは半平を焼くと見えて、真っ黒に焦げていらア。」

【吉弥】「オホホホホ そりゃ歌賃(かちん=餅)じゃわいな。」

[ と、これは上方にてする なんば餅とて、ネギを入れたる雑煮餅なり。此のおやま下戸と見えて、おのれが好物ゆえ、客に勧めて取寄せたる也。北八、かちんと言うことを知らず…]

【北八】「ハア? かちんと言うは、聞いたこともねエ。どんな肴だの? 」

【吉弥】「オオ 笑止、あも(餅)じゃわいな。」

【北八】「むむ、鱧(はも)か。どれどれ、ヤア こりゃ餅だ餅だ。」

【弥次】「おきやァがれ。上方の者は気が利かねエ。酒の肴に餅はどうだ。これで酒が飲めるものか。」

【金五】「他のお肴、言うて参上わいな。」

[ と、すぐに階下に降りたるが、ほどなく丼物を持ってくる。中には上方に流行る鳥貝の鮓なり。此のおやまの好物と見えて、この鮓を言いつけやりたる也。]


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【北八】「なんだ、こりゃ バカ貝の剥き身を鮓につけたのだな? 」

【金五】「トリ貝のすもじじゃわいな。」

【弥次】「出すものも 出すものも、へんちきな物ばかりで、もう酒も飲めぬ 飲めぬ。」

[ と、この内 無駄も色々あれども、それは略してここに布団を敷き並べ、腰屏風にて間を仕切る。このうち四十斗(升のすみのように角だったさま)の女、ここの女房と見えて、つとめ(揚代)を取りにきたり。屏風を開けて…]

【女】「おゆるしな。」

【弥次】「おい 誰だ? 」

【女】「ハイ おつとめを頂きに参じました。」

[ と、書きつけを い出す。弥次郎それを開き見て… ]

【弥次】「なんだ? 四匁(もんめ)づつ、八匁のつとめ(揚代)はきこえたが、四匁かちなんば、弐匁すし、壱匁八分お酒、五分ロウソク、〆て十六匁三分、コリャとんだ話だ。雑用(ぞうよう - 諸雑費)は別にとるのか。おらァ又、酒もさかなも揚代のうちかと思った。これこれ北八、この通りだ。」

【北八】「どれどれ、なんだぁ? コリャ おめえがたァ、わっちらを他国の者だと思って、酒代を別に取るさえあるに、ごうてきに高えもんだ。この四匁かちなんばと言うは、あの大平のことか? 餅ならたった三つ四つ入れて、ネギのちっとばかりさらえこんだ(ぶち込んだ)ものを、壱匁づつとは、
なるほど京の者はあたじけねエ。気の知れた根性骨だ。(大したケチな根性だ)。ロウソクまでつけるこたアねえ。こんなものは負けにしておきなせエな。」

【女】「オホホホホ 京のものを悪うおしやんす。おまいさんがしゅみじゃわいな(けち)。五分ばかりのロウソク代、まけいのなんのと、おしやんすことはないわいな。そしてみな、あがりなされた後で、高いの安いのと(ウッ 耳が痛い)、おしやんしたてて、あかんこっちゃないかいな!?」

【弥次】「エエ 面倒な、それ壱分持ていきな。はしたぐらいは、まけなせえし。」

[ と、金壱分ほうり出してやる。女房 不承ぶしょうに取って下へ降りると、弥次郎あっけにとられし、顔つき ぐにゃり、となり… ]


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【弥次】「アア とんだ目に遭ったのう北八。」

【北八】「しかし、俺ァ惜しくねえ。どうかおつに、モテそうな塩梅だ。」

[ と、この内、北八の相方 吉弥来たりて… ]

【吉弥】「オオ 辛気やの、あこに わたし一人置かんして、ここに何してじゃぞいな? サア休みんかいな。」

[ と、手をとりておのが方へ引きずってゆく。北八は…]

【北八】「コリャコリャ、おれが帯を解いてどうするの? 」

[ と、わざと弥次に聞こえるように声高に言う。女(吉弥)北八を引こかし… ]

【吉弥】「良いわいな。今宵はいこうぬくいじゃないかいな。おまいさん、じっとしていなされ。わたしが上手にするわいな。」


[ と、すべての上方筋のおやまは、初対面から、帯紐を解きて打ちとけたるていに、客をもてなすこと、定まられる掟のごとし。
 中にもこの吉弥は大年増(二十代後半より上?)にて、如才のなき代物。北八に着物(きりもん)を脱がせて放り出し、おのれも帯を解きて、北八におのが着物を打ちかけ、さながら深き馴染みのごとく、打ち解けたるていに、もてなしけるゆえ、北八うつつを抜かして、打ち伏しけるが、夜も次第に更けゆくままに、犬の遠吠えもの寂しく、時の太鼓も早や丑の刻(午前二時ころ)ばかりなるに、吉弥目覚めし様子にて… ]


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【吉弥】「もしな もしな、よう寝てじゃな。」

【北八】「アア ムム なんだなんだ? 」

【吉弥】「わしゃ 手水に行てくるぞエ。」

[ と、起き上がりたるが、枕もとに放り出してある、北八の着物を着て帯を引き〆… ]

【吉弥】「おまいさんの着物(きりもん)ちと貸しておくれや。わしゃこれ着て、殿たちのふりをして、下の衆を騙してこまそわいな。」

【北八】「オオ よく似合(にやっ)た。奇妙きみょう。」

【吉弥】「つむり(頭)がこれじゃアカンわいな。」


[ と、手拭いをとってうち被り、下へ降りたるが、北八はそれより寝もやらず、待てど暮らせど、かの吉弥は一向に来たらず。さては他に、客にてもあるやと、しばらく待ちいたるに、はや七ッ(午前四時ころ)の太鼓も鳴り、ほどなく夜も明けなんとするに、北八こらえかねて、無性に手をたたくと、下より女房駆け上がりて ]

【女房】「どなたぞ御呼びなされたかいな? 」

【北八】「オオ ここだ ここだ。コレわっちがおやまは、さっき下へ降りたが、それなりで顔出しもしねエ。ちょっくり呼んでくんなせエ。」

【女房】「サア そのことで、下は大騒ぎでござんすわいな。」

【北八】「何故だ なぜだ? 」

【女房】「アノ おやまが、男のきりもん着て、はしった(駆落ち)さかい。」

【北八】「何? はしったとは、逃げたのか。 そりゃ大変だ たいへんだ! その男のきものと言うは俺がのだ。」

【女房】「かいな。そりゃ又 何として、おまいさんのを着ていたぞいな? 」

【北八】「いや…下へ行って みんなを騙してくるから、貸してくれろと言ったによって…。」

【女房】「それで貸しなさったのかいな。 」

【北八】「そうさ。時に そのおやまの駆落ちしたは、こっちにァ 知らねえこったから、なんでも ここの抱えにちげえはあるめエ。着物はぜひともここの内から、どうぞして貰わにゃならねえから、下へそう言ってくんなせエ。早くはやく! 」

【女房】「マア 何にいたせ、そないに申しましょう。」

[ と、下へ降りてゆくと、ほどなくここの亭主と見えて、鬼太織(おにぶとり)のどてらを着たる、でっくりとせし大男、料理番、男ども、ニ三人引きつれ、どやどやと二階へ来たり。亭主、北八が枕もとに立ちはだかり… ]

【亭主】「これ 吉弥に着物(きりもん)貸したと言うワロ(悪者)は、こなはんかいな?」

【北八】「俺だ おれだ。」

【亭主】「おどれかい! ほてくろしい(腹黒い)事さらしたな。まあ起きくされ。どれ面 見せさらせ。」

【北八】「イヤ この才六めら(江戸ッ子が、上方者を罵る言葉)は、何で俺を、そのように抜かしゃがる。」と怒る北八

【亭主】「抜かしたが、どうすりゃア! おどれ吉弥めに着物貸して、駆落ちさせおったからは、行く先は知ってけつかるじゃあろ。有体(ありてい)にほざき出しくされ。」

【北八】「とんだことを言う。なに俺が知るものか! 」

【亭主】「イヤイヤ そないに抜かしさらしても、われが人に頼まれて、糸引きくさったに違いはないわい。」

【北八】「コリャ 貴様たちは、おつに いいかけ(言いがかり)をするな。」

【亭主】「顎たたかすな(口をきくな、の意)。しょびきおろせ! 」

[ と、皆みな立ちかかり、北八を手ごめにする。このどさくさに弥次郎 目をさまし、この体を見て、跳ね起き ]

【弥次】「コリャ 俺が連れだが、うぬら この男をどうする? 」と詰め寄る弥次郎

[ と、亭主を突きのくると… ]

【料理番】「イヤ こなやつも同盗(どうずり-盗人)じゃあろ。二人ともに引っ括れ!」


[ と、いづれも小力ある者ども、弥次郎北八を、両方から引ったて、下へ降ろし、ほそびき(麻縄)をもって、ついに二人を、ぐるぐる巻きに縛りたるに、弥次郎はいっこう合点がゆかず…。

委細のことを聞きて仰天し、北八も今さら、おやまに着物を貸したる、誤りを後悔し、疑い受けたるうえ、かかる目に遭い、悔しけれども、理の当然に言い訳たたず、台所の柱に繋がれたる面目なさ。

ことに夜も明けはなれて、近所のもの共、追々見舞いに来るうちに、これも この商売屋の亭主と見えて、少し小ぐちでも聞こうと言う男、その名は十吉… ]


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【十吉】「わしゃ今聞いたが、吉弥めが、きょといこと さらしたげな。その手引きしたやつらは、どしたぞいな? 」

【亭主】「あこに、括っておいたわいの。」

【十吉】「店主(たなぬし)呼んで預けさんせ。」

【亭主】「旅のもんじゃてて、嘘つきさらして、ホンマのうちを ゑいわんわいの(言わない、の意か)。」

【十吉】「そりゃ気の毒なもんじゃわい。」

[ と、二人が縛られている、側へ来たり… ]

【十吉】「これ こなんたちは、悪い がてんじゃわい。そりゃ気の毒なもんじゃわい。ソリャはて、友だちづくなら、頼まれまい もんじゃないが、もう こないにバレてはしょことがない。有りように言うて、面々の身ぬけ(身のあかし)するがゑいわいの。」

【弥次】「イヤ わっちらは、かたつきし(まるで)何も知りゃせん。ただ この男がホンの洒落に、着物貸したばっかりで、疑いうけたと言うもんだから、どうぞあなたの御取り成しで、わっちらを助けて下さいませ。
 これ 手を合わせて拝みたくても、縛られているから、足を合わせて拝みます。コリャコリャ 北八もお頼み申せ。」

【北八】「はい 南無金毘羅大権現さま、この災難を免れますように、なむきみょうちょうらいちょうらい(南無帰命頂礼)。」

【亭主】「エエ なに抜かすぞい。金毘羅さま祈るなら、そないこっちゃ効かんわい。幸いおどれ裸でおるから、水あびせてこまそ。水垢離(こり)とって祈りくされ。」

【北八】「イヤ わっちは全体(ぜんてい)金毘羅信心でござりやすが、これまで願をかけやすに、人とちがって、水をあびて寒い目しては効きやせぬ。
 何でも着物をたんと着て、売汁(からじる-オカラの味噌汁)に熱燗をひっかけた上、コタツへ首っきり、のたりこんで、願うとすぐに御利生(ごりしょう)がござりやすから、せめて着物は着ずとも、一杯 熱くして下さりませんか。」

【亭主】「エエ (けつ)ねずりくされ! 」※尻でもねぶれ。事を断わる時の言葉。

【弥次】「イヤ ご尤もでござりやす。わっちこそは、この男めが巻き添え、ほんの災難、そしてこんな目に遭いますと、持病の癪(しゃく-腹痛)がさしこんで、アイタタタタ。」

【亭主】「しゃくが痛いなら、胴中の縄を、もちと堅う〆てやろかい。」

【弥次】「イエイエ わっちがしゃくは、甚句踊ると治まりますから、どうぞ この縄といて下さりませ。」

【十吉】「ハハハハハ コリャ ねから やくたいな奴らじゃわい。勘太さん許してやらんせ。たかで(どうせ)敵等はエライあほうじゃ。なるほど吉弥めに たらされくさって、きりもん(着物)貸したまでのこっちゃろぞいな。」

【亭主】「サイナ そないに言わんすりゃ、いかさま賢うも見えん わろたちじゃ。べしてのこと(大した事)もありゃせまい。いなして(帰して)やろかいな。」

【北八】「それは有難うございやすが、わっちゃァ この裸のままでは、けえられやせん。」

【亭主】「いなれざいなんすな(帰れない、と言う意か)。こっちにも言い分があるさかい。」

【北八】「イヤ そんならめえりやしょう。」

【十吉】「サアサア いなんせ。あた(はなはだしい)あほらしい衆じゃわいな。」

[ と、二人が縄を解いてやると… ]

【弥次】「北八、手めえのお陰で、とんだ目に遭った。

【北八】「おめえよりか、おらァこの通り着物をとられて、ハア…はっくしょん、オオ寒さむ。」

【亭主】「ハハハハハ あんまりかわいそうじゃ。何なと一枚くれてやろかい。」

【北八】「ありがとうございやす。どんなものでも、どうぞ頂だかして下さいやせ。」

【亭主】「エエ みだれめ(乞食)が言うようなこと抜かしけつかる。てきに似合うたように、納屋の菰(こも)一枚、もて来てやれやい。」

【下男】「イヤ ここに昨日の俵がある。これ着ていかんせ。」

【北八】「ナニィ! それを着ろとか。エエ 情けないことを言う。

【亭主】「せっかくの俺が志じゃ。着ていなんかい! 」

【北八】「ハイ 有がとうございやすが、わたくしは やはり、裸がかってでござりやす。」

【弥次】「げえぶんの悪い男だ。おいらが合羽を貸してやろう。」

[ と、弥次郎が、木綿合羽をとって、北八に打ち着せながら…


    うとましやかいたる恥も赤はだか合羽づかしき身とはなりたれ


はては大笑いとなり、二人はようようのことにて、この所を逃れたち出けるとなり ]



※別ブログに掲載したものを再編集しています。


【参考文献】
東海道中膝栗毛十返舎一九著 「日本古典文学全集」ー小学館刊・校注-中村幸彦
『東海道中膝栗毛』六編「洛中膝栗毛」よりー意訳・編集:竹斎
 適宜、ひらかなを漢字に変換しています。



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# by chikusai3 | 2023-10-09 14:30 | 洛中膝栗毛 | Trackback | Comments(0)

「江戸ッ子の湯治」って聞いたことある?(弥次郎兵衛喜多八 草津の湯に浸かるの巻) そして江戸ッ子の習性とは…



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江戸ッ子の湯治は夢のまた夢?

半年ほど前に「江戸ッ子の湯治」という文章を読んだ。作者は江戸の文化や風俗にくわしい三田村鳶魚(えんぎょ)氏である。江戸に詳しい作家先生方には、他には穎原退蔵氏、森銑三氏、饗庭篁村氏、淡島寒月氏、そしてわたしの私淑する幸田露伴氏などがいるが、三田村氏ほど庶民の生活を調べて、書いて、後世に残している方を知らない。

で、今日お話しするのは、三田村氏の受売りであることをお断わりしておきますハイ。
江戸時代、湯治の出来る者は相当な費用がかかるので、庶民には高嶺の花。長屋に住む庶民には、湯治費用などどこにもありません。なんせその日暮らしなんですから。ですから江戸ッ子は親も子も孫も湯治には行けません。

わたしの子どもの頃は、親と一緒に山奥の湯治場に(田植が終ったころ)、米、野菜、缶詰などを背負い(釜、食器、急須などは宿から借りた)、数日間とか行ったものですが、江戸ッ子は、ハア? 湯治って何? なんて思っていたことでしょう。でも江戸ッ子が湯治を知らなくても、地方の庶民は湯治を療養として生活の中に組込んでいたのです。そんな情景を、江戸時代の紀行作家・本草家である菅江真澄(すがえますみ)という者が『菅江真澄遊覧記』という書物に残してくれています。とても面白い本なので機会があれば読んで見て下さい。

あれどこまでいったかな?…そうだ…人間はまことに重宝なもので、ないことでも想像に浮べることが出来ます。あの罪も酬いもなく、ただもう嬉しくてたまらなく出来ている江戸ッ子を、のんびりと我儘気儘に湯治をさせてみたら、どんなものだろう、実におかしかろうと思う。そこが十辺舎一九の狙いどころなのでしょう。



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『 江戸ッ子は銭がないばかりでなく、知恵もなく、物も知らない。嬉しがることも、楽しむことも、かわいそうなほど浅薄だけれども(ワシのことかいな)、理屈がないのが身上で、そのお陰で考え込まないのが取り柄であった。十辺舎一九が、おかしみを発揮する傀儡にした弥次喜多、利口でないのが何よりの景物で、江戸ッ子の面影をよく見せています。』 前口上が長くなりやしたが、本日は、その弥次郎兵衛喜多八が上州草津の入湯、逗留した湯宿の隣座敷にいる上方者との応対でごじゃりますハイ。



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弥次郎兵衛喜多八 草津の湯に浸かる『続東海道中膝栗毛』より

【上方者】「コリャ おゆるしなされ、あなたがたは今日お着きかな、わしゃこのお隣の部屋のもんじゃさかい、お心安うお頼み申しますわいな。」

【弥次】「ハイ それはおたげえ、さあ一服お上がりなせえ、…お国はどこでござりやす?」

【上方者】「上方でおますわいな。お江戸見物に来て、ここは名湯じゃと言うこっちゃさかい、こちへ廻りましたわいな。ヤア すり鉢焚きなさるは何じゃいな?」

【北八】「これは おつけを煮るのさ。」

【上方者】「イヤ えらいえらい、擂鉢で汁たくとは珍しい、わしゃ今度遠州の秋葉へいたが、イヤぁこの台所で汁たくを見て、わしゃ とつとモウあきれたわいな。その鍋のいつかいことは、酒屋の五尺桶よりもまだえらいので、汁たいてじゃったが、擂鉢もいつかいのを幾つも並べて、大勢で味噌すりをると、そのすったのを荷いで運びおって、鍋の中へあけおるわいな。あないな仰山なこと見たことがないわいな。」

【北八】「イヤ 江戸では、そんなことじゃァござりやせん。もっとも御屋敷方では、大ぜい後家来衆があっても、皆お長屋というに、めいめいカマドがあって焚くからいいが、越後屋だの、白木屋だのという呉服屋見なさったであろう。何百人暮らすやら、それでも飯は一つ釜でたくというものだから、その釜のたいそうさ、途方もねェやつえ、研いだ米を、これも荷いで運んでしかけやすが、その水加減をするのが奇妙なものさ。」

【上方者】「なるほど、大っきな釜なら水加減が難しかろ。どうしてするぞいな?」

【北八】「ナニ 雑作もねえことさ、裸になって釜の中を泳いで歩いて水加減をしやすのさ。」…ホオ そうかそうかと感心する竹斎でした(アハハ)。



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そして江戸ッ子の習性とは…

『 無暗に江戸の自慢がしたいのだが、何を自慢していいのか知らない。委細かまわず先方の話へ輪に輪をかけて、言い勝ちにする。それで天下様のお膝元のエライのを思い知らせるつもり。法外な鳥馬法螺を吹いて、他人に笑われるのに気がつかない。またちっとも気恥ずかしくない。相手次第に出るを任せにやって除ける。ですから思いがけない大法螺を吹く。決して平常の持合わせでもなく、たくらんでおいたわけじゃない。おシャベリが過ぎて話の辻褄が合わなくなり、化けの皮が剥げた時には、いつもお笑い草になる。これがベランメイ氏の常態です。だが幾度失敗しても決して懲りません。

……江戸ッ子が知っているのは、長屋の木戸が限り、広くて町内以外に出ない。それでは八百八町の話は出来ないのに、機会次第しきりに話したがる。江戸ッ子の通有するこの習性のほかに何があろう。

彼らに将棋を嗜むものさえまれで、囲碁は皆無といってよかろう。趣味趣向などの持合わせはまずない方で、稗薪を買うのや朝顔の栽培するなどが著しいのですが、それさえ老人ぶったように考え、十人に一人もあるかないか、俳諧発句、筆をもったことのない文字を知らない人間ですものを、何でそんなことがわかりましょう。彼等にわかるのは地口・洒落、それだから口上茶番というやつが大流行であった。彼等の趣味といったら、茶番趣味というよりほかになかろう。…洒落とむだ口とは彼等の文学だといえましょう。それと瓦版の流行唄とで、彼等の文化を後世から探索するのに恰好でしょう。

江戸ッ子の湯治は実際にはないものですが、時折想像されるおかしみではありました。それ故江戸ッ子の正体を知る程度によって、色々な滑稽型も現われてまいります。いずれも利口らしいところがあっては、認識不足でしょう。ばかげていればいるほど、江戸ッ子を諒解した深さが知られます。』

三田村先生、ちと言いすぎじゃありませんか。でも、京都人には少々耳の痛い話ですわ。



【参考図書】
『三田村鳶魚全集』第七巻 「江戸ッ子の湯治」




# by chikusai3 | 2023-08-31 20:26 | ちょっと休憩 | Trackback | Comments(0)

写真、日々のたわごと、自作の小説、印象に残る本・詩・短歌・俳句などを紹介します。


by Chikusai