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椿はなぜ花が上向きに落ちる?


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" 落ちざまに虻を伏せたる椿かな "




上に夏目漱石の句を紹介してみました。
はたして、落下した椿の花に閉じ込められる鈍くさい虻がいるものだろうか。それはさておき、
漱石先生の弟子筋にあたる科学者に寺田寅彦氏がいたことをたいていの人は知っていることと
思う。その寺田氏だが、この句の内容について高等学校の学生時代に友人と「色々論じ合った」
と『思出草』という随筆に書いている。それから大分後のこと、寺田氏が語るには…

「偶然な機会から椿の花が落ちるときにかりにそれが落ち始める時には俯向きに落ち始めても
空中で回転して仰向きになろうとするような傾向があるらしいことに気が付いて、多少これに
ついて観察し又実験をした結果、矢張り実際にそういう傾向のあることを確かめることが出来
た。それで樹が高いほど俯向きに落ちた花よりも仰向きに落ちた花の数の比率が大きいという
結果になるのである。

しかし低い樹だと俯向きに枝を離れた花は空中で回転する間がないのでそのままに俯向きに落
ちつくのが通例である。この空中反転作用は花冠の特有な形態による空気の抵抗のはたらき方、
花の重心の位置、花の慣性能率等によって決定されることは勿論である。」

ここで再び漱石先生の句に話題を転じるが、
「もし虻が花の芯の上にしがみついてそのまま落下すると、虫のために全体の重心がいくらか
移動しその結果はいくらかでも上記の反転作用を減ずるようになるであろうと想像される。
すなわち虻を伏せやすくなるのである。」と寺田氏は語るのである。…ホンマやろうか?

そして後に、大真面目に「空気中を落下する特異な物体の運動ー椿の花」と題する英文での論
文を理研で発表している。寺田氏が言うには、「この問題は空気力学的に飛行機の宙返りと関
連した問題であり、したがって研究として全く無用のものではないだろう」と。

上に載せた椿の花の落ちている写真は、未明に春一番が吹いた朝、近所の公園で撮影したもの
である。なるほどほとんどの花が上を向いている。今までは何者かが写真撮影のために手を加
えているものだとばかり思っていた。以後、気をつけて椿の樹を見かけたら観察しているのだ
が、ほとんどが上を向いて落ちていることが分った。

※旧漢字、旧仮名を読みやすく直しています。


【参考図書】
『寺田寅彦全随筆』第四巻「思出草」
『中谷宇吉郎随筆選集』第一巻、書評-小宮豊隆著『夏目漱石』


春を感じる1枚










ブログテーマ:春を感じる1枚
# by chikusai3 | 2023-03-26 15:06 | | Trackback | Comments(2)



「江戸ッ子の湯治」って聞いたことある?(弥次郎兵衛喜多八 草津の湯に浸かるの巻) そして江戸ッ子の習性とは…_c0406666_17521338.jpg



江戸ッ子の湯治は夢のまた夢?

半年ほど前に「江戸ッ子の湯治」という文章を読んだ。作者は江戸の文化や風俗にくわしい三田村鳶魚(えんぎょ)氏である。江戸に詳しい作家先生方には、他には穎原退蔵氏、森銑三氏、饗庭篁村氏、淡島寒月氏、そしてわたしの私淑する幸田露伴氏などがいるが、三田村氏ほど庶民の生活を調べて、書いて、後世に残している方を知らない。

で、今日お話しするのは、三田村氏の受売りであることをお断わりしておきますハイ。
江戸時代、湯治の出来る者は相当な費用がかかるので、庶民には高嶺の花。長屋に住む庶民には、湯治費用などどこにもありません。なんせその日暮らしなんですから。ですから江戸ッ子は親も子も孫も湯治には行けません。

わたしの子どもの頃は、親と一緒に山奥の湯治場に(田植が終ったころ)、米、野菜、缶詰などを背負い(釜、食器、急須などは宿から借りた)、数日間とか行ったものですが、江戸ッ子は、ハア? 湯治って何? なんて思っていたことでしょう。でも江戸ッ子が湯治を知らなくても、地方の庶民は湯治を療養として生活の中に組込んでいたのです。そんな情景を、江戸時代の紀行作家・本草家である菅江真澄(すがえますみ)という者が『菅江真澄遊覧記』という書物に残してくれています。とても面白い本なので機会があれば読んで見て下さい。

あれどこまでいったかな?…そうだ…人間はまことに重宝なもので、ないことでも想像に浮べることが出来ます。あの罪も酬いもなく、ただもう嬉しくてたまらなく出来ている江戸ッ子を、のんびりと我儘気儘に湯治をさせてみたら、どんなものだろう、実におかしかろうと思う。そこが十辺舎一九の狙いどころなのでしょう。



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『 江戸ッ子は銭がないばかりでなく、知恵もなく、物も知らない。嬉しがることも、楽しむことも、かわいそうなほど浅薄だけれども(ワシのことかいな)、理屈がないのが身上で、そのお陰で考え込まないのが取り柄であった。十辺舎一九が、おかしみを発揮する傀儡にした弥次喜多、利口でないのが何よりの景物で、江戸ッ子の面影をよく見せています。』 前口上が長くなりやしたが、本日は、その弥次郎兵衛喜多八が上州草津の入湯、逗留した湯宿の隣座敷にいる上方者との応対でごじゃりますハイ。



「江戸ッ子の湯治」って聞いたことある?(弥次郎兵衛喜多八 草津の湯に浸かるの巻) そして江戸ッ子の習性とは…_c0406666_17510006.jpg



弥次郎兵衛喜多八 草津の湯に浸かる『続東海道中膝栗毛』より

【上方者】「コリャ おゆるしなされ、あなたがたは今日お着きかな、わしゃこのお隣の部屋のもんじゃさかい、お心安うお頼み申しますわいな。」

【弥次】「ハイ それはおたげえ、さあ一服お上がりなせえ、…お国はどこでござりやす?」

【上方者】「上方でおますわいな。お江戸見物に来て、ここは名湯じゃと言うこっちゃさかい、こちへ廻りましたわいな。ヤア すり鉢焚きなさるは何じゃいな?」

【北八】「これは おつけを煮るのさ。」

【上方者】「イヤ えらいえらい、擂鉢で汁たくとは珍しい、わしゃ今度遠州の秋葉へいたが、イヤぁこの台所で汁たくを見て、わしゃ とつとモウあきれたわいな。その鍋のいつかいことは、酒屋の五尺桶よりもまだえらいので、汁たいてじゃったが、擂鉢もいつかいのを幾つも並べて、大勢で味噌すりをると、そのすったのを荷いで運びおって、鍋の中へあけおるわいな。あないな仰山なこと見たことがないわいな。」

【北八】「イヤ 江戸では、そんなことじゃァござりやせん。もっとも御屋敷方では、大ぜい後家来衆があっても、皆お長屋というに、めいめいカマドがあって焚くからいいが、越後屋だの、白木屋だのという呉服屋見なさったであろう。何百人暮らすやら、それでも飯は一つ釜でたくというものだから、その釜のたいそうさ、途方もねェやつえ、研いだ米を、これも荷いで運んでしかけやすが、その水加減をするのが奇妙なものさ。」

【上方者】「なるほど、大っきな釜なら水加減が難しかろ。どうしてするぞいな?」

【北八】「ナニ 雑作もねえことさ、裸になって釜の中を泳いで歩いて水加減をしやすのさ。」…ホオ そうかそうかと感心する竹斎でした(アハハ)。



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そして江戸ッ子の習性とは…

『 無暗に江戸の自慢がしたいのだが、何を自慢していいのか知らない。委細かまわず先方の話へ輪に輪をかけて、言い勝ちにする。それで天下様のお膝元のエライのを思い知らせるつもり。法外な鳥馬法螺を吹いて、他人に笑われるのに気がつかない。またちっとも気恥ずかしくない。相手次第に出るを任せにやって除ける。ですから思いがけない大法螺を吹く。決して平常の持合わせでもなく、たくらんでおいたわけじゃない。おシャベリが過ぎて話の辻褄が合わなくなり、化けの皮が剥げた時には、いつもお笑い草になる。これがベランメイ氏の常態です。だが幾度失敗しても決して懲りません。

……江戸ッ子が知っているのは、長屋の木戸が限り、広くて町内以外に出ない。それでは八百八町の話は出来ないのに、機会次第しきりに話したがる。江戸ッ子の通有するこの習性のほかに何があろう。

彼らに将棋を嗜むものさえまれで、囲碁は皆無といってよかろう。趣味趣向などの持合わせはまずない方で、稗薪を買うのや朝顔の栽培するなどが著しいのですが、それさえ老人ぶったように考え、十人に一人もあるかないか、俳諧発句、筆をもったことのない文字を知らない人間ですものを、何でそんなことがわかりましょう。彼等にわかるのは地口・洒落、それだから口上茶番というやつが大流行であった。彼等の趣味といったら、茶番趣味というよりほかになかろう。…洒落とむだ口とは彼等の文学だといえましょう。それと瓦版の流行唄とで、彼等の文化を後世から探索するのに恰好でしょう。

江戸ッ子の湯治は実際にはないものですが、時折想像されるおかしみではありました。それ故江戸ッ子の正体を知る程度によって、色々な滑稽型も現われてまいります。いずれも利口らしいところがあっては、認識不足でしょう。ばかげていればいるほど、江戸ッ子を諒解した深さが知られます。』

三田村先生、ちと言いすぎじゃありませんか。でも、京都人には少々耳の痛い話ですわ。



【参考図書】
『三田村鳶魚全集』第七巻 「江戸ッ子の湯治」




# by chikusai3 | 2023-08-31 20:26 | ちょっと休憩 | Trackback | Comments(0)