七夕 ― 天の川は眺めず
2021年 07月 05日
男の手紙には、
“思いもかけませんでした。織姫の身になって、ままならない逢瀬を嘆き、天の河原を眺め、物思いにふけることになろうとは。”

思ひきや七夕つ女に身をなして天の河原をながむべしとは
七日、七夕の日は、色好みな男たちから、織女彦星などを詠んだ歌がたくさん届いたけれど、女には目に入らない。こんな折には、宮がかならず時期を逃さないで歌を贈ってくださったのに、
「わたしのことを本当にお忘れになってしまわれたのだ」
と思っていたところに、宮からのお文が届く。見ると、ただ歌が一首だけ…。それが上の歌。
女は、「この日を忘れてはいなかったのだ」と思うとうれしくて、返す歌は、
あなた様が眺めているという空さえ見ません。年に一度しか恋人に逢えない七夕にまで不吉と思われるほど恋人に逢えないわが身と思うと。
ながむらん空をだに見ず七夕に忌まるばかりのわが身と思へば
宮はこの歌をご覧になるにつけ、やっぱりこの女をすっかり思い切ることは出来ないとお思いになるのだった。※ここまで『和泉式部日記』
さあさあ さあさあ
はっきりカタをつけてよ
はっきりカタをつけてよ
はっきりカタをつけてよ
やってられないわ♪
そんな歌詞が脳内でプレイバックする
和泉式部は、紫式部と同じ後宮に仕えていた女房であった。どちらも男運には恵まれず、二人とも頼みとした男に先立たれている。どちらが男にモテたかといえば、それは和泉式部だろう。紫式部が和泉式部をどう評していたかは『紫式部日記』に描かれている。どう描いていたかといえば、
“和泉式部という人こそ素敵な手紙を書き交わしたようですね。ただ和泉には、ちょっと感心できない点があるのですが、それでも日常で手紙を走り書きする即興の中に文才がある人で、何気ない言葉も香気を放つのがみえるようでございますね。
歌は、本当にお見事だこと。和歌の知識や理論は、本格派歌人の風格でこそございませんが、口をついて出る言葉言葉の中に必ずはっと目にとまる一言が添えられています。とはいえ、彼女が人の詠んだ歌を批判したり批評したりしているものは、「いやそこまで頭でわかってはいますまい。思わず知らず口から歌があふれ出るのでしょう」と見えるタイプでございますね。「頭の下がるような歌人だわ」とは私は存じません。”
だとさ。どんだけ~ ^^;
by chikusai3
| 2021-07-05 20:43
| 和泉式部日記
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